歴史上最大の片思い?勝海舟の忠義と徳川慶喜の氷のような本音

江戸城無血開城の立役者である勝海舟。彼が命がけで守った最後の将軍・徳川慶喜は晩年の回顧録『昔夢会筆記』で勝を「ほら吹き」と酷評していました。身分差による生理的嫌悪や慶喜が真に信頼していた小栗上野介との知られざる絆を分かりやすく解説します。

幕末の激動期を語る上で欠かせないのが江戸城無血開城を成し遂げた勝海舟と最後の将軍である徳川慶喜の主従関係です。

勝海舟は自らの談話録である『氷川清話』の中で徳川慶喜に対する並々ならぬ敬意と愛着を語り尽くしていました。世間からどれほど裏切り者やコウモリ外交と罵られようとも自分はただひたすらに敬愛する慶喜の命と徳川家の存続のために泥をかぶり、命懸けで西郷隆盛との交渉に挑んだのだと胸を張っていたのです。

しかし歴史の神様は時に残酷な真実を私たちに突きつけます。

勝海舟がそれほどまでに命を捧げ、心酔していた当の徳川慶喜本人は、晩年の回顧録である『昔夢会筆記』の中で勝海舟に対して目を覆いたくなるほど冷酷で辛辣な評価を下していました。それどころか慶喜が真にその実務能力を高く買い信頼を寄せていたのは、勝海舟が終生ライバル視してディスり続けた小栗上野介の方だったのです。

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一方通行の切なすぎる忠義と貴族的な冷徹さで切り捨てられた男の悲哀。そして死後に結ばれた慶喜と小栗の知られざる絆についてどこよりも深く楽しく解き明かしていきます。

歴史オタクの筆者が迫ります!

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徳川慶喜が『昔夢会筆記』で放った衝撃の「勝海舟ほら吹き発言」

勝海舟といえば幕臣でありながら明治維新後も生き残り、旧幕府のトップである徳川慶喜の赦免と復権のために奔走した忠臣として知られています。勝自身も「オイラがどれだけ苦労して慶喜公をお守りしたか」を周囲に語り聞かせ自らの美談としてプロデュースしていました。

ところが明治の世になって落ち着いた徳川慶喜が渋沢栄一らによって編纂された回顧録『昔夢会筆記』で語った勝海舟評はまさに戦慄を覚えるほど容赦のないものでした。

慶喜は勝海舟について概ね次のような辛辣な言葉を平然と言い放っています。

勝という男は物事を大げさに言い立てて自分の手柄にする癖がある。一言で言えば嘘つきほら吹きのような人物だ。

昔夢会筆記より

命を救ってくれた恩人に対して「ほら吹き」とはあまりにも強烈な一撃です。勝海舟が後世に語り残した数々のドラマチックな武勇伝や自分が歴史を動かしたという自負の多くは、当事者である慶喜から見れば「ただの過剰な自己演出と出任せ」に過ぎなかったというわけです。

なぜ慶喜は勝海舟を生理的に嫌悪し見下していたのか

徳川慶喜がここまで勝海舟を冷遇した背景には二人の間に横たわる絶対的な身分差価値観の決定的な断絶がありました。

徳川慶喜は水戸徳川家の出身であり一橋家を継いで第十五代将軍となった生まれついての超エリート中の超エリートです。幼少期から最高峰の教養と格式を叩き込まれ、プライドの高さと貴族的な潔癖さを持ち合わせていました。

それに対して勝海舟は旗本の下に位置する御家人という極めて身分の低い最下層武士の出身です。生活は常に困窮し、貧民街のような環境から己の才覚と度胸、そして巧みな世渡り術だけで這い上がってきた叩き上げでした。

勝の武器は相手の懐に飛び込んで調子を合わせ、相手によって言うことをコロコロと変えながら妥協点を見出す泥臭いコウモリ外交でした。しかし生まれながらの高貴な身分である慶喜から見ればそのような態度は「誰にでもヘラヘラと媚びを売り信念も品性もない下品なお調子者」としか映らなかったのです。

勝がどれだけ「あなたのために命を懸けました」と情熱的に訴えかけても慶喜の氷のような冷たい視線はその泥臭いパフォーマンスの裏にあるあざとさと品格の欠如を見透かしていました。

無論今ならば成果を出す外交官ならばその手段などは問われずに称賛されることでしょう。
ですが当時の時代に求められた朱子学的高潔さの前で否とされていたのかもしれません。単純に慶喜を責めることもできませんね。

男一匹、勝海舟の愛が招いた悲劇の寸劇

もしも霊界や歴史の彼方でこの二人が直接顔を合わせて本音をぶつけ合ったらどうなるでしょうか。そのあまりにも残酷なやり取りを覗いてみましょう。

勝海舟(うるうるした瞳で慶喜にしがみつきながら) 「てやんでい!オイラはね、世間や官軍に何と言われようと大好きなケイキ様の命と徳川の家名さえ守れればそれで良かったんだよ!江戸城も軍艦も全財産も官軍に差し出したが全部ケイキ様への愛ゆえでい😤ケイキ様ぁ😭」

徳川慶喜(氷のように冷たい眼光で見下ろしながら) 「……は?気安くケイキ様などと呼ぶな、この無礼者が。みなさん聞いてください。昔夢会筆記にも残しましたがね、勝という男は自分の手柄を誇張し嘘ばかりつくほら吹きですよ。貧しい御家人あがりのくせに誰にでも調子を合わせてヘラヘラしおって。品性がなさすぎて生理的に受けつけんのだよ」

勝海舟(心臓を撃ち抜かれて白目をむきながら) 「ひえぇぇぇーっ😱ケ、ケイキ様!オイラが命がけで官軍の西郷と交渉してあなたを処刑の危機から救ったんですよ!ほら吹きだなんて…品がないだなんて…そんなのあんまりでい😭」

勝海舟が必死に築き上げた「忠義の英雄」という看板は愛する主君の冷淡な一言によって跡形もなく粉砕されてしまうかもしれません。

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慶喜が本当に認めていたのは、勝が嫉妬した小栗上野介だった

勝海舟にとってさらに耐え難い屈辱は、慶喜が本当にその才能を評価し頼りにしていた幕臣が他ならぬ小栗上野介忠順であったという事実です。

小栗上野介は名門旗本の出身であり昌平坂学問所で培った圧倒的な教養と、数字に基づく精密な経済感覚を兼ね備えた幕府最高のテクノクラートでした。慶喜は小栗の持つ揺るぎない論理的思考力と私心のない高潔な姿勢を深く信頼していました。

大政奉還の前後、小栗はフランスの支援を背景に幕府陸軍を近代化し薩長に対して徹底抗戦を行って幕府主導の強力な中央集権国家を築くべしという冷徹な戦略を慶喜に進言していました。これは軍事的にも戦略的にも極めて精緻に計算されたプランであり、慶喜自身もその完成度の高さに驚嘆していました。

しかし慶喜は最終的に朝敵となることを極度に恐れ、戦わずして恭順する道を選びました。その結果、小栗を罷免し勝海舟のような降伏交渉が得意な人物に後始末を委ねることになったのです。

慶喜は後年、小栗の命を奪う結果となった自らの決断を深く悔やみ小栗の類まれなる才能と幕府への純粋な忠誠心を偲んでいました。

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幕末の真の絆!慶喜と小栗という漢

口先だけの立ち回りで自分を美化し続けた勝海舟を尻目に、歴史の真実を知る慶喜と小栗は静かに魂を通わせ合います。

徳川慶喜(小栗の手を優しく握り締めながら) 「小栗。あの時ワシが勝のような口八丁の言うことに耳を貸さずお前の言う通りフランス式陸軍で薩長と断固一戦(駿河湾・箱根迎撃作戦)の姿勢で新政府との対等融合を実現していれば、お前を無実の罪で斬首にするような悲劇もその後の幕臣の冷遇もおきなかったのだ。お前の優れた才能と徳川への真の忠義、ワシは最初から分かっておったぞ…すまぬ🥺」

小栗上野介(静かに感涙を浮かべながら) 「慶喜様。ご理解いただいていただけでわたくしの苦労も報われます。口先だけで歴史を捏造した勝などではなく真の実務と財政で徳川を支えようとしたわたくしの志、天国で共に語り明かしましょう🥺」

小栗🤝慶喜(ガシィッ)

なんだコレ(笑)

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