
受験期間の真っ只中で「推し活は今だけ我慢しよう」と考えたことがある人は少なくありません。
勉強に集中すべき時期だという周囲の空気。親や先生からの言葉。
そして何より「好きなことをやっている場合じゃない」という自分自身へのプレッシャー。
それでもふとした瞬間に推しの存在を思い出して気持ちが軽くなったり、移動中に好きな曲を一曲聴いただけで涙が出そうになったりすることはないでしょうか。完全に切り離そうとしても心のどこかに残り続けるのが「推し」という存在です。
受験期の推し活にこれが正解という形はありません。
ただし「全部やめる」か「今まで通り続ける」かの二択しかないわけでもありません。
毎日長時間の配信を見る必要もイベントを追いかける必要もない。
ほんの少しだけ散歩をする感覚で推しに触れる。
そんなやさしい推し活という選択肢があってもいいはずです。
この記事では受験生の生活リズムやメンタルを崩さずに続けられる負担の少ない推し活との付き合い方を整理していきます。
頑張ることをやめないために好きなものを完全に捨てない。
そのための現実的な落としどころを一緒に考えていきましょう。
アキサイより心を込めて。
推し活に罪悪感を覚えるのは真面目に向き合っている証拠
「今は勉強が最優先」「趣味に気を取られている場合じゃない」
そう感じている人ほど推し活との距離感に悩みやすい傾向があります。
実際にこれまで推し活を楽しんできた学生ほど受験を強く意識し始めたタイミングで一気に距離を取ろうとします。それは決して逃げたいからではありません。
むしろ「ちゃんとやらなきゃいけない」という責任感や自分を律しようとする気持ちの表れです。推し活に罪悪感を覚えるのは受験に真剣に向き合っているからこそ生まれる感情だと言えます。
ただその罪悪感が続くと心は少しずつ疲れていきます。
SNSで他人の推し活報告を目にして落ち込んだり好きなものを「見ていないフリ」「気にしていないフリ」することが想像以上に負担になることもあるでしょう。
罪悪感はやる気を高めてくれるものではありません。
むしろ気づかないうちに気力を削り集中力を落とす原因になりやすい感情です。勉強しようとしているのに頭が回らないなぜか疲れが抜けない。
そんな状態が続くと受験そのものがしんどくなってしまいます。
だからこそ大切なのは「全部我慢する」ことではありません。
ほんの少しでも自分の気持ちを回復させる時間を残すこと。
そのために何ができるかを考えることが結果的に勉強を続ける力になります。
次の章では罪悪感を増やさずに続けられる推しとの距離の取り方について具体的に整理していきます。
推し活を「ストレス調整」と捉える発想が心を守る
ここで一度、推し活の捉え方を少しだけ変えてみてください。
推し活を「何かをする行動」としてではなく、心の状態を整えるための調整手段として考える、という発想です。
アニメを何話も一気見する、イベントに丸一日参加する、SNSを追い続ける。
こうした時間を使う推し活は、確かに受験期には負担になりやすいでしょう。集中が切れたりあとで後悔したりする原因にもなりがちです。
一方で刺激を極限まで断つことが正解とも限りません。
通学中に好きな曲を1曲だけ聴く。
用事のついでに散歩感覚でアニメイトを数分だけ覗いて帰る。
それくらいの小さな刺激はむしろ張りつめた気持ちをゆるめ、心のバランスを戻す役割を果たしてくれることがあります。
大切なのは「完全にやらない」でも「以前と同じ熱量でやる」でもない、その間にある立ち位置です。
推し活を目的にしない。気分を切り替えるためのスイッチとして使う。
そう考えるだけで罪悪感はぐっと軽くなります。
言うなれば呼吸するように推しと向き合う感覚。
深く関わらなくても「推しがそこにいる」と思えるだけで安心できる。その安心感があるからこそ、机に戻ることができる人も少なくありません。
推し活は頑張らないための逃げではなく、頑張り続けるための調整です。
うまく使えれば受験期の心を守る味方になってくれます。
受験直前に秋葉原に立ち寄った「あの30分」がくれたもの
たとえば地方から都内の大学を受験する場合、前日に上京して宿泊するというスケジュールになることがあります。
会場の下見を終えたホテルに戻るまでの空き時間。
そんな中でほんの30分だけ秋葉原を歩いてみた、という話。
グッズを買ったわけでもショップを回ったわけでもありません。
駅前から電気街口あたりをただ歩いただけ。人の流れや看板を眺めて少し空気を吸ってそれで終わりです。それでも、その短い時間が不思議と気持ちを落ち着かせてくれたと言います。
大切なのは秋葉原に行ったかどうかではありません。
「あ、ここに来たかったんだな」と気づけたこと。
「また来られるようにちゃんと頑張ろう」と思えたこと。
その感情が張りつめていた心を少しだけ緩めてくれたという点です。
秋葉原は推しが集まる場所であると同時に自分の意思で立ち寄れる場所でもあります。
誰かに連れてこられたわけではなく自分で選んで足を向けた。その事実が受験という強制力の強い時間の中でささやかな主体性を取り戻させてくれることがあります。
大きな気晴らしは必要ありません。
たった30分、歩くだけでもいい。
その一歩が緊張で固まった気持ちをほぐす小さなセーフティゾーンになることもあるのです。
筆者の「これ以上は踏み込まなかった」話
これは筆者が東京で私大受験をしたときの実体験です。
前日に都内入りしまずは会場の最寄り駅と道順だけを確認しました。かかった時間は20分ほど。やるべきことは終わったもののホテルに戻るには少し早く、部屋にこもると不安が膨らみそうなあの独特の時間帯でした。
そこで選んだ行き先が秋葉原でした。
ただし、目的は買い物でも観光でもありません。
電車に乗って駅を出て少し歩く。それだけです。
到着したのは夕方17時前。
秋葉原駅の電気街口を出て中央通りには渡らず、UDX方面にも向かわず、改札から見える範囲だけを歩きました。滞在時間は5分程度。店には一切入っていません。看板と人の流れを眺めて「ああ、自分はいま秋葉原に来ているんだな」と確認するためだけの時間でした。
そのとき考えていたのは推しの新作やイベントのことではありません。
「明日が終わったらまたここに来られるかな」という、それだけでした。
正直、それで十分でした。
テンションが上がったわけでもなく逆に静かに落ち着いていく感覚に近かったと思います。滞在時間は正確に15分弱。歩数計で見ると1200歩くらいでした。
そのあと駅に戻り、総武線で宿へ。
部屋に入った頃にはさっきまであった「何もしていない不安」がかなり薄れていました。テキストを30分だけ見直しその日は早めに寝ています。
今振り返ってもあのとき大事だったのは「何をしたか」ではなく「どこまでやらなかったか」だったと思います。
踏み込みすぎず切り上げた。その判断が結果的に心を守ってくれました。
夜行バスという選択肢の合理性
受験会場が東京や大阪などの都市圏にある場合、移動手段として夜行バスを選ぶ受験生は少なくありません。これは単なる節約手段というより前日から当日朝までの時間をどう使うかという点で非常に合理的な選択です。
夜行バスを使えば宿泊費を抑えられるだけでなく、早朝に到着できるため時間に余裕が生まれます。その余白を使って少し街を歩き空気を感じる。それだけでも緊張が和らぎ当日のメンタルが整うことがあります。
座席指定やポイント還元などの仕組みがある公式予約サービスを使えば、費用面だけでなく条件面でも説明がしやすく親の理解も得やすくなります。安いから選ぶのではなく合理的だから選ぶという判断です。
受験は学力だけでなく心の状態にも大きく左右されます。
移動を単なる手段で終わらせず心のリズムを整える設計として考えることは、見落とされがちですが有効です。
夜行バスで移動し早朝の街を少し歩く。
その延長線上にほんのわずかでも自分の好きな空気や場所がある。
それだけで前を向けることもあります。
アキサイ(akihabara.sote)は女子の推し活を応援しています!総合まとめはこちら!
推し活女子完全ガイド|池袋と秋葉原のイベント・美容・暮らしを徹底解説
アキサイの視点👀

少しだけイメージしてみてください。
推し活を完全にやめたときあなたの努力は本当に前に進むでしょうか。
それとも気力が削られて動けなくなってしまうでしょうか?
推しは逃げるための存在ではありません。
頑張ったあとに気持ちを戻せる場所です。
「また会いに来よう」
「また曲を聴こう」
「次は余裕をもって楽しめるように頑張ろう」
そう思えること自体が受験という辛い時間を支える力になります。
目の前の一日を乗り切る理由があるかどうかで踏ん張り方は大きく変わります。
春、無事に合格を迎えたあと。
好きなことを後ろめたさなく楽しめる日が来ます。
その日を迎えるために今は距離を調整するだけでいい。
捨てる必要はありません。
やさしい推し活は足を止めるものではなく戻ってくる場所を残す選択です。
受験を走り切るための支えとしてそっとそばに置いておいてください。
All Write:akihabara.site編集部一同
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